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    球渓の銅像製作者

     人吉カルチャーパレス前庭に、球渓の銅像が建っている。製作を依頼された岩越文雄氏、球渓の立体像をイメージしようとするが、なかなかつかめない。そこで遺族に「球渓先生の頭を横から写した写真はありませんか?」と要求した。犯罪者などは頭を横から写されもしようが、そんなものはない。ところが一枚の未完成の絵があり、これが大いに役立った。ピアノに向かう球渓の横姿である。これがイメージ作りを一気に進めることになった。
    松岡次賀画伯のこの絵、筆者は兄と二人で、画伯が筆を運ぶ様を近くで見ていたのだ。洋間のピアノの上に架かっているあの絵である。なぜ未完成なのかはわからない。
     岩越氏の祖父岩越充内は明治9年の神風連の乱に参加し自決している。何と球渓の妻ミノの祖父西尾徳太もこの乱に参加し、戦敗れて玉名の地で仲間二名とともに自害したが、その場所をつきとめ《神風連三烈士自刃の地》の碑を建立した(題字は初代熊本県文化課長田邉哲夫氏の揮毫による)。玉名市梅林の日清陶器工場内で、藤田社長の温かい計らいによって実現した。

    IMG_9849.jpg

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