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    銅像建立の原動力は女学校の卒業生たち

    前稿の球渓銅像の造立は球渓没後50年にあたる平成5(1993)年のことであるが、この事業の推進力となったのは、旧人吉高等女学校の卒業生たちだった。雨の日も猛暑の日も、寒風吹きすさぶ日も、市内で何らかの音楽関係の行事が開かれる度に、御老体を鞭打ち、募金箱を持ってそこに立ち、いくらかの基金を貯めて市当局に持参し「これを足しにして是非球渓先生の像を建立して欲しい」と働きかけ、実現したものだ。
     社会のリーダーとして活躍する男性ではなく、むしろ社会の裏側や底辺にあり、下方で世の男性を支えながらも自由な金銭を左右できる機会など少なかった女性の方々が中心であることを高く評価して欲しい。この同窓会の名称は「尚藍会」といい、その名付け親は球渓であった。そのリーダーたちはいずれもすでに当時70歳代・80歳代の方々だった。(中心は加登住ナミ氏) 

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