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    ルーティン

    人吉高女の正門は北向きに立っている。それとは別に校舎の西端に建つ寄宿舎から運動場をへだてたところ、校地の西南端に西門(裏門)があった。 球渓の自宅はここから出入りすると距離が短く、断然便利だったのでもっぱらそれを利用したようだ。どうしてそれがわかるのか?口承ではあるが次のような貴重な資料があるからだ。
    当時寄宿舎の寮生だったある方(特に名を秘す)からこんな話を聞いたことがある。――「犬童先生はこの裏門からお帰りになる時、その途中のあぜ道で必ずあることをなさる、と寮生の評判になった。」と。そう、立ち小便をするのが常だったのである。「みんなこっちの窓際に来んナ。犬童先生の帰りヨンなッバイ。もう、そろそろしなるバイ。」「立ち止まんなった。ホラ」と・・・・ 正門からの退勤ではとてもそんなことはできない。
    球渓本人は未だにそれを見られていたことを知らないはず。同窓会などの席で「先生、実はあの時わたしたち寮生は・・・・」などと告白するようなはしたない生徒を育ててはいなかったから――
     今、校地は人吉一中になり運動場は拡張され、そのあぜ道だったところは舗装され家が立ち並んでいて、とてもそんなことはできない。懐かしい佳き時代だったのだ。
           

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