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    1回も休みなく今年で70回

     昭和22(1947)年にスタートした犬童球渓顕彰音楽祭は今年まで一回も欠けることなく実施されてきた。そもそも国民みなが飢餓に苦しんでいた年にスタートしたのだから、何事が起こってもそう簡単には中止しなかったのだろう。昭和40年の大水害の時も、天皇御諒闇で歌舞音曲が自粛された年も、今年の大地震でも中止されることはなかった。関係者の英断によるものだろうが、大いに敬意を表したい。 この音楽祭の前身は、球渓が退職した昭和10年、有志らが集まった球磨音楽同好会主催で開いたもので、《犬童球渓先生教育音楽功労顕彰大音楽祭》の名であった。人吉と多良木の二か所で行われた。まだ球渓生存中の出来事である。発案者は田邉隆太郎・西橋(深水)久美子・出田了・桑原俊郎・鳥飼治二・谷口格の6名である。戦後、それがいくらか形を変えて再開されたものが今の犬童球渓顕彰音楽祭だといってよい。
    球渓の教え子でもあり、この年4月音楽学校を卒業すると同時に球渓の後任として母校に就職した西橋氏、夏休みに熊本市での何かの講習受講のため、人吉駅で列車に乗ったところ田邉氏と一緒になり、こういうことをしようと持ちかけられ二つ返事で同意した、と当時の思い出を語ってくださった。(彼女は、のち深水彦馬氏と結婚した。媒酌は球渓夫妻)
     現在はA.個人コンクール・B.郡市内各学校の音楽祭・C.一般音楽グループが参加する《音楽の広場》・D.碑前祭と三日間行われる。小規模校や分校では、教師も保護者も生徒といっしょに舞台に上がり、聴衆を快い雰囲気に浸らせてくれる。
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